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国営諫早湾干拓事業(長崎県)で有明海の環境が変化し漁業被害が発生するなどしたとして、福岡、佐賀、長崎、熊本の沿岸4県の漁業者ら約2500人が国を相手取り、潮受け堤防撤去や堤防の排水門の常時開放などを求めた訴訟の判決が27日、佐賀地裁であった。国のごり押しで必要もない予算を垂れ流した土木工事の咎が問われましたー正義は勝利勝利は勝ーつの言葉通りの結果になったわけですがーこれに至るには地元漁民の地道な事実関係の積み上げがあったようですー諫早干拓訴訟判決…漁業者ら「開門が待ち通しい」の声
神山隆一裁判長は、干拓事業と一部海域の環境変化の因果関係を認めたうえで、「中・長期の開門調査を実施すべきだ」として、国に対し南北2か所の排水門を少なくとも5年間継続して開放するよう命じた。潮受け堤防撤去は認めず、漁業者への慰謝料の支払いについては棄却した。国は控訴する方向で検討中。
提訴は2002年11月。原告は最終的に漁業者約1200人、市民約1300人となった。原告側は、1997年に諫早湾の3分の1が潮受け堤防により閉め切られた後、諫早湾内や有明海全域で高級二枚貝のタイラギやアサリが取れなくなり、有明海全体で00年度にノリが凶作になるなど漁業被害が生じたと主張。
国側は、堤防閉め切りで漁業環境は悪化しておらず、漁獲量の変化などは見られないと反論していた。
判決では、堤防閉め切りにより潮流速が低下し、干拓地の調整池から諫早湾内への排水で海底に有機物が堆積(たいせき)して泥の質が悪化したと認定。魚介類の生息が困難になるほど水中の酸素濃度が低下する「貧酸素水塊」が頻発する事態を招いたとした。また、干拓工事で海底の泥が拡散し、毒性の強い赤潮の増加につながったり、干潟消失により稚魚の生育に影響が出たりした可能性を指摘。これらの影響で、諫早湾内や近隣海域で養殖アサリや漁船漁業に被害が出たと認定した。
因果関係の立証に関しては、原告側について「相当程度のがい然性の立証がされている」とし、有明海の全体的な環境変化との因果関係については「これ以上の調査を求めるのは酷」とした。一方、国に対しては「中・長期の開門調査をして事業と環境変化の因果関係がないことを反証する義務があるのに、協力しないことは立証妨害と言っても過言ではなく、訴訟上の信義則に反する」と批判した。
そのうえで、国に対し、判決確定後、代替の防災工事などに要する3年間の猶予を経て5年間は常時開門することを命じた。排水門の開放で調整池に海水が入り、池から農業用水を得ている干拓地の営農に影響が出る可能性もあるが、判決は「農業への支障は、漁業行使権(の侵害の有無)を上回る公益性があるとは言い難い」とした。排水門の即時開放を求める仮処分は却下した。
国営諫早湾干拓事業で、潮受け堤防の排水門を5年間常に開くよう国に命じた27日の佐賀地裁判決。事業による漁業被害を認定された海域でアサリ漁などをしている佐賀県や長崎県の人たちは「一刻も早く門を開いて、宝の海を取り戻してほしい」と期待を膨らませた。何と漁民の人達は試験的に開門された期間と閉門された期間で漁獲量を調査しー開門されている間明らかに漁獲量が増えているという実証記録を提出しているらしいのですねーこれはあんまりじゃないかと思いますよー本来なら国がやるべき作業でしょうー訴えれられているのは国なんだからー国に無罪の証拠を提出する義務があるはずですーそれもやらずに戦ったわけー?>国ー?もここまで来るとアフォとかバナナとか逝ってる段階ではありませんねー単なる無能ー予算消化することと地元土木業者潤すことしか頭にない白痴ーこんなや面に国家運営の最前線を任せて置いていいのでしょうかーとりあえず諌早干拓に関係した官吏は全員解雇ー毎月漁民への補償を支払えー
一方、長崎県諫早市の干拓地の入植者は、営農開始からわずか3か月で不安な事態に直面。「この先農業はどうなるのか」と戸惑いを隠せないでいた。
佐賀県太良町の大浦地区。原告の一人でタイラギやアサリ漁をしている大鋸(おおが)幸弘さん(51)は仲間からの電話で勝訴の知らせを聞いた。「裁判所が私たちの思いを素直に聞き入れてくれた」。喜びが込み上げてきた。
以前は12月から翌年4月のタイラギ漁だけで1年間食べていけた。しかしタイラギの漁獲量は年々減少。1997年の潮受け堤防閉め切りで、タイラギのほか、取っていたアサリも死がいが目立つようになった。
「干拓地に潮流が戻れば魚が卵を産みつけるようになる。アサリも増えてくれるだろう」。大鋸さんは期待を口にし、27日夜も妻・久美子さん(47)と有明海へ漁に出た。
被害を認められた漁業者の一人、平方宣清さん(55)(太良町大浦)は6年前の光景を今も忘れられない。
潮受け堤防の東約7キロの海域に、平方さんの約8000平方メートルのアサリ養殖場がある。堤防閉め切り後、毎年春にまく稚貝約5トンの半数は夏ごろ死んでしまうようになった。
ところが2002年、国が1か月間排水門を開けた短期開門調査の後は貝の生育が順調で、03年春に稚貝をまこうとしたところ、約10トンの稚貝がすでに生まれていたという。翌04年のアサリは夏に全滅。「開門で確実に海は変わる」。そう信じている。
長崎県島原市沖でクルマエビの流し網漁などを行う島原漁協組合員の吉田訓啓(とくひろ)さん(43)は「やっとまともな判決が出た」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。
クルマエビやタイ、ヒラメの水揚げは堤防閉め切り後、それ以前の3分の1から4分の1以下に激減。見たことのない赤潮を島原市近郊の海で見るようになった。生命保険の解約払戻金を生活費に充てながら、「自分には漁しかない」と言い聞かせ、漁を続けた。
「開門されれば、少しずつ漁場が回復してくれるはず」と吉田さんは期待した。



